幕末の志士たちの精神的バックボーン
「明治維新」は、極論すれば、
『言志四録』を著した佐藤一斎の弟子と孫弟子とひ孫弟子たちが行った
ようなものかもしれません。
佐藤一斎は、江戸時代後期に
昌平黌(しょうへいこう ※1)の儒官(※2)を務めたとのことで、
今でいう東京大学の総長のような立場の人物だったそうです。
(※2 公の機関で儒学を教授する人のこと)
約6,000人いたといわれる門下生の中には、
多くの志士たちが名を連ねています。
また西郷隆盛も、『言志四録』を愛読していました。
西郷は、『言志四録』の中から特に心に響いた名言を抜粋し、
『南洲手抄言志録』という冊子を自ら編纂しています。
彼らの精神的バックボーンに佐藤一斎の教えがあったことは、
おそらく間違いないといえるのではないでしょうか。
私自身は、かなり前に『言志四録』の現代語抄訳を読んだだけで、
特に詳しく研究したわけではありませんが、
とにかく同書は名言の宝庫であり、
ぜひ紹介したいと思いました。
「人としてどうあるべきか」を考えさせられる名言の数々
(ここから引用)
読書の方法は、孟子のいう次の三言を師とすべきである。
一、自分の心をもって、作者の精神を受け止める。
二、書物に対しては批判的であって、その一部を信用しても、全部を信用しない。
三、作者の人柄や業績を知り、また当時の社会的背景を考えながら読んでいくべきである。
(引用ここまで)
スマイルズの『自助論』にも似たことが書いてありましたが、
読書の姿勢として、これらは常に心掛ける必要があると思います。
⇒ブックレビュー『自助論』スマイルズ著 - AOHITOブログ
特に、普段から信奉している著者の文章は、
つい何も考えずに鵜呑みをして、
そのまま受け売りをしてしまう危険性もあります。
しかしそれは「自分の頭で考える」ことを放棄しているようなもので、
決して褒められる読書の仕方とはいえないでしょう。
私自身、好きな著者の本の内容をついそのまま信じてしまう癖があり、
時々この言葉を思い出さなければいけないと思っています。
(ここから引用)
春風の暖かさをもって人に接し、秋霜の厳しさをもってみずからを慎む。
(引用ここまで)
こんな人間になりたいとつくづく感じます。
私など、日々ちょっとしたことでイライラしたり、
なんだかんだと理由をつけて自分を甘やかしたりしていて、
本当に未熟な人間だなと痛感しています。
これこそまさに心に響く名言であり、
『言志四録』の中でも、個人的に特に好きな言葉の一つです。
(ここから引用)
聖人や賢人の学問を講義したり説いたりするだけで、自分ではその道を実践できない人を、口先だけの聖賢という。私はこれを聞いて恐れ入った。宋儒の教えを論じたり弁じたりするが、これをわが身に体得できない人を、紙の上の道学という。さらにこれを聞いて、私は再び恐れ入った。
(引用ここまで)
これもまた、私自身に言い聞かせなければいけない言葉です。
こんなふうにブログで偉そうにブックレビューを投稿したりしていますが、
「じゃあお前は読んだことを本当に実践できているのか?」
と問われれば、穴を探して潜り込む以外に対処の仕様がありません。
なにしろ佐藤一斎ほどの大人物が「恐れ入った」といっているのですから、
私のような者はもっと心して精進しなければなりません。
(ここから引用)
なによりも自分で自分を欺かず、至誠を尽くす。これを天に仕えるという。
(引用ここまで)
ある意味、人としてこれがいちばん大切なことではないでしょうか。
自分で自分を欺くことに慣れてしまうと、
成長が止まり、真実が見えなくなって、
嘘と言い訳ばかりの人生になってしまいかねません。
もちろん「自分を知る」ことは何よりも難しいことです。
自分を欺いてはいけないとわかっていても、これまでの習慣で、
無意識のうちに自分で自分をごまかしている可能性もあります。
であるからこそ、折に触れ、心を鎮めて、
自分で自分を欺いていないかどうかを点検し、
自省することも重要だといえるでしょう。
これもまた自戒の言葉としたいと思います。
さて、感想を述べているうちに反省ばかりしてしまいましたが、
私のことはともかく、
幕末の志士たちの精神構造や行動原理を理解するためにも、
『言志四録』は特に重要な一冊だと感じます。
複数の出版社から何種類も出版されているので、
お好みのものを選んで読まれることをお勧めします。