天皇の歌も一般大衆の歌も一緒に収録された大歌集
あかねさす紫野ゆき、標野ゆき、野守は見ずや。君が袖ふる(20)
いはゞしる垂水の上のさ蕨(ワラビ)の、萌え出づる春になりにけるかも(1418)
新しき年のはじめの初春の、今日降る雪の、彌頻(イヤシ)け。吉言(ヨゴト)(4516)
『万葉集』を まだ読んだことがないという方も、
これらの歌のうち、いずれかは耳にされ たことがあるのではないでしょうか?
1首目の「あかねさす~」は、
額田王が詠んだ恋の歌、
2首目の「いはゞしる~」は、
志貴皇子が詠んだ春の自然を愛でる歌、
3首目の「新しき~」は、
大伴家持が詠んだ新春を祝う歌です。
いずれも情景が目に浮かぶような名歌といえるのではないでしょうか。
『万葉集』は日本最古の歌集であり、
4516首の和歌が収録されています。
『万葉集』の編纂に大きく関わったのは、
名もない一般大衆が口ずさんでいたような歌まで、
身分の差も男女の違いも一切関係なく、
あらゆる層の人たちの歌が収められています。
なぜこのような歌集が成立したのかということについて、
古来日本人は「和歌の前に平等である」という国民的な感覚を持っていたからだ、
と述べられています。
また、渡部先生は同書で、和歌を詠むことについて、
「身分の違いを乗り越える国民的連帯感の表出法だった」、
という説明もされています。
だからこそ、天皇の歌も、平民の歌も、
一緒に一つの歌集に収められているのではないでしょうか。
『万葉集のこころ 日本語のこころ』についてはこちらもご参照ください。
『万葉集』には「冗談をいい合う歌」もある
著名な歌だけでも、
とても紹介しきれないほどたくさんありますので、
この投稿では、私が個人的に好きな歌の中から
少しだけ引用しておきたいと思います。
まずは持統天皇と、志斐と呼ばれる女性との楽しいやり取りです。
否(イナ)と言へど強(シ)ふる志斐(シヒ)のが強ひ語りこのころ聞かずて朕(アレ)恋ひにけり(236)
意訳すると、
「嫌だと言うのに、無理強いする志斐のばあさんの無理強い語りも、
この頃聞かないので、また聞きたくなったなぁ」
といったところでしょうか。
宮廷の語り部だったと思われる「志斐」という目上の女性に対して、
持統天皇は、「強いる」の「しひ」と女性の呼び名の「しひ」とをかけて、
いわばダジャレでからかうような歌を贈ったわけです。
これに対する返歌が、そのすぐ後に掲載されています。
否と言へど語れ語れと詔(ノ)らせこそ志斐いは奏(マヲ)せ強ひ語りと言ふ(237)
意訳すると、
「嫌ですと申しますのに、語れ語れと仰せられたからこそ、
私志斐はお話ししたのです。それを無理強い語りとおっしゃるなんて」
という感じになるでしょうか。
持統天皇にからかわれたことを受けて、志斐という女性は、
天皇の歌の初句の「否と言へど」をそのまま使って、
ちょっとした反撃をされたようです。
お互いに冗談を言い合えるほど親しい間柄だったことが伝わってきます。
私はこの2首を読んだとき、
「万葉集って、こんなに楽しいものなんだ!」
と思いました。
これだけでなく、『万葉集』には、
読んでいて思わずプッと吹き出すような面白い歌がいくつもあります。
『古事記』の神様が当たり前に登場する
もう1首紹介いたします。
大汝(オホナムチ)少彦名御神(スクナミカミ)のつくらしゝ、妹脊の山は、見らくし、よしも(1247)
訳:妹山脊山と、かう云ふ風に竝(ナラ)んでゐるのが面白い。大汝ノ神、少彦名ノ神が、寄って造られたと云ふ事だが、實に人間では出來ぬ奇蹟だ。
『万葉集』を読んでいると、
時折『古事記』に登場する神様の名前が歌に詠まれていることがあります。
この歌に出てくる「大汝」とは、有名な「大国主命」のことです。
「少彦名御神」とはそのまま「少彦名命」のことで、
こうして何の説明もなく、
当たり前のように神様の名前が詠まれていることから、
奈良時代の人々にとても親しまれていたのではないかと想像しています。
『万葉集』には、本当にいろいろな歌が収録されていますが、
全体的な特徴としては、当時の人々の心情がとても素直に、
もっと言えば赤裸々に表現されているものが多い印象があります。
夫婦や男女、親子の愛情を詠んだ歌も多く、
その中には、現代の私たちとまったく同じような感情が
表現されているものもあります。
『万葉集』を読んで、
私は奈良時代の人々がとても身近に感じられるようになりました。
『万葉集』を全首読み切るお勧めの方法
『万葉集』には、五七五七七の「短歌」や、
五七を繰り返す「長歌」、五七七五七七の「旋頭歌」などが、
計4516首も収録されています。
そのため全首読むのはちょっとたいへんだと思われるかもしれません。
確かにたいへんではあるのですが、
ここでひとつ、全首読み切るための提案があります。
それは「1日に10首ずつ読む」という方法です。
1日に10首ずつ読めば、単純計算で452日間で読了することができます。
だいたい1年3カ月くらいです。
実は私は、平成29(2017)年2月に『万葉集』を読み始めてから、
長い間「1日10首ずつ読む」という方法に気づくことができませんでした。
そのため、読もうとするたびに、いつも途中で読み疲れて中断し、
しばらく遠ざかってからまた読み始め、また疲れて中断する、
といったことを何度も何度も繰り返しました。
その結果、前半の2300首くらいを読むのに、
なんと4年くらいかかってしまったのです。
その後、ある漢詩集に挑戦したとき、
あまりにも読むのがたいへんだったため、
毎日少しずつしか読むことができませんでした。
ところが毎日少しずつ読んでいるうちに、
ふと気づいたら自分でも驚くほど読み進んでいたのです。
そのとき私は、
「たとえ難しい本でも、『毎日少しずつ』なら読み続けられる」
ことを発見しました。
これにヒントを得て、
『万葉集』も毎日少しずつ読もうと決めたのです。
要は「ウサギとカメ」のカメ作戦です。
先ほど「1日10首ずつ読む」といいましたが、
私の場合、前半を読むのに約4年も費やしてしまったので、
少し多めに「1日15首ずつ読む」ことに決めて、
毎日読み続けました。
その際、残りの歌の数を15で割り、
あと何日で読めるかを本の余白に書き込みました。
そうすると、
「よし、あと100日で読める」「あと50日で読める」
といった具合に日々確認できるのが励みになり、
毎日サボらずに読むようになったのです。
そして令和3(2021)年の夏頃、
ようやく最後まで読むことができました。
改めて考えると、
平成29年2月に読み始めたときから「1日10首のペース」を続けていたら、
翌平成30(2018)年の春頃には全首読み終えていたことになります。
つまり「3年以上」も余分に時間(期間)をかけてしまったわけです(笑)。
もっと早く気づけばよかったと思い、少し後悔しましたが、
並行して読み始めた『古今和歌集』については、
最初から1日10首のペースで読み続けたため、
1,111首の歌を111日間で読了することができました。
『万葉集』に限らず、長大な歌集を読まれる際には、
この「1日10首ずつ読む」という方法を強くお勧めしたいと思います。
いい方を換えれば、
「1日に10首以上読まない」ことによって、
飽きずに毎日読み続けられるのです。
もちろん全首読んだから偉い、などというつもりはありません。
そもそも1回通り読んだだけで、
『万葉集』を理解したとは到底いえません。
しかし、とりあえず1回通り目を通しただけでも、
大きな達成感が得られたのは間違いありませんし、
その後古典を学んでいくうえで大きな励みにもなりました。
本記事が、これから『万葉集』に挑戦される方のお役に立てれば、
たいへん嬉しく思います。
右ページに読み下し文、左ページに現代語訳と解説が書かれており、
歌を調べる資料としても使いやすいと思います。
『万葉集』はたくさんの種類が出版されていますので、
購入される際にはいくつか比較検討されることをお勧めします。
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※入門用としては、
『愛するよりも愛されたい 令和言葉・奈良弁で訳した万葉集』もお勧めです。
とても楽しくゲラゲラ笑いながら読むことができます(笑)。
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